【行ってきました】 「歩き+バス」で祖谷を下る(祖谷~大歩危・小歩危)

行ってきました

徳島県三好市・祖谷(いや)地区。

祖谷は徳島県の南西部・剣山山系の山麓に位置し、深い渓谷と山が折り重なる『秘境』とも呼ばれた地域です。明治時代、祖谷山村が「東祖谷山村」と「西祖谷山村」に分離しましたが、2006年、三好郡三野町・池田町・山城町・井川町の4町が合併し、「三好市」となりました。

地理的には他の四国3県と接しており、高知方面・香川方面に抜けるJRの路線(土讃線)を見ても、昔から四国の交通の要衝であったことが伺えます。

水に恵まれた豊かな土地ではありますが、2007年(平成19年)1月末の統計では両村合わせて3673人(1703世帯)だった人口も、現在(2012年1月末時点)では3014人(1556世帯)と5年で17.5%も減少しており、過疎化が急速に進んでいます。
→ 三好市限界集落調査報告書

今回の【行ってきました】では、祖谷の落合を下り、大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)に至る道、四国三郎・吉野川の源流のひとつ「祖谷川」に沿って歩いてみました。

行ってきました
※ 「阿波池田」駅構内。訪問日は四国酒まつり前日。

祖谷までの道のり・・・、徳島市からはJR四国の徳島線が便利です。
→ 運賃表
→ 時刻表

JR「徳島」駅から終点の「阿波池田」駅までは、特急でおおよそ1時間20分、鈍行なら2時間程度かかります。JR「阿波池田」駅の改札を抜けると、目の前には商店街と「三芳菊」の大きな看板が。

行ってきました
※ お酒の「三芳菊」のネオンが目の前に。

祖谷まではJRを降りてバスに乗り換えるわけですが、そのバス停がどこにあるのかわかりづらい!

駅前ではなく、少し離れたバスターミナルから出発します。場所はというと、駅の改札を出て右手、商店街(アーケード街)入口右側に斜めにはしる道路を歩いて行くと、200mほど先右手にバスターミナルがあります。(Googleで道順を見る

目的のバスは2番乗り場から。祖谷方面へはボンネットバスによる定期観光コースもありますが、今回は四国交通株式会社の路線バスで、地元の人たちにもまれながら祖谷を目指します。
→ 路線図
→ 時刻表
→ 運賃表

祖谷・落合の停留所
※ 祖谷の落合停留所。筆者自身はその一つ先の落合橋にて下車。

祖谷・落合にある落合橋
※ 落合橋の上から。この橋の北側ではコチラのような景色が広がります。

落合橋は県道32号線上にあります。南に行くと落合小学校がありますが、この日は他にも行くところが重なっていたためここから山を下ることに。本当はこの景色が見たかったのですが、下調べ不足でどこから見えるのかが分からず断念。とぼとぼ歩きだしました。

祖谷・落合の街道
※ 県道32号線沿いにある祖谷・落合の街道。

祖谷・落合の街道脇
※ 落合の街道脇。ある種の赴きはあるが、人の気配がなく少しさびしい。

県道32号線を歩くと、ところどころに集落が現れますが無人(?)の家屋が多く見られます。過疎化も進んでいることから、若い人を見かけることもそう多くはありません。

落合から下ると、左手は渓谷、右手は山の斜面が続きます。山の斜面からは、ところどころ水がわき出ており、水の豊富な土地というのがよくわかります。

祖谷・落合の街道
※ 湧水を自宅前まで引いて使っている。水もやわらかくて美味しい。

祖谷・落合の街道
※ 落合の集落から少し離れたところ。道路上から見た祖谷の景色はきれいです。

祖谷の街道
※ 捨てられた車。渓谷の景観と開発が進む祖谷の対比から?ふと、某有名アニメのロボット兵を思い出した。

また少し下ると、左手に東祖谷統合小・中学校が見えてきます。渓谷に掛かる橋を渡った先にある中学校の施設内に、周辺の4小学校を統合した新しい教育施設を建設中です。

祖谷の街道
※ 写真の左上は東祖谷の中学校に併設されているプール。

ちなみに、先ほど「下調べ不足」とした落合集落の展望場所は、東祖谷下瀬にあるこの中学校方面に橋を渡ってさらに3kmほど行くとあります。

東祖谷の下瀬にある展望所の案内板
※ 東祖谷の下瀬の中学校そばにある案内板。あと3km、歩きではツライ・・・

こうして歩き続けてしばらく行くと民俗資料館が左手に見えてきます。今回、資料館の外観等の写真は撮っていませんが、祖谷に伝わるかなり年代物の雑器・小物類、衣類、農具、人形、平家ゆかりの品などが見られます。また、「美しき日本の残像」の著者として知られている東洋文化研究者のアレックス・カー氏のインタビュー映像も流れており、祖谷を歩いたからこそ感じるこの土地の魅力が、彼の話からも伝わってきます。
東祖谷歴史民俗資料館
Google Mapで位置を確認

アレックス・カー氏

カー氏の言葉で印象的だったのは、「昔から祖谷は最後に行きつく隠れ里だった。祖谷は現代人にとっての隠れ里であり、私にとっての隠れ里でもあるんです。」といった趣旨のコメントです。なるほど、ここには確かにそういった趣のある場所もあるにはあるけれど、残念ながら変わってしまったところもあって、それが共存しているというよりは、ただアンバランスなままの状態で残っているように感じます。

祖谷にあるかずら橋
※ 祖谷のかずら橋。2月中ごろに架け替えを終えたばかりとのこと。

祖谷にあるかずら橋夢舞台
※ 「かずら橋夢舞台」全景。見た瞬間、開いた口が塞がらなくなります。

四国交通のバス停「かずら橋」でバスを降りると、眼下には「かずら橋夢舞台」を望めます。

かずら橋夢舞台
→ 基本情報などはコチラ
Google Mapで場所を見る

ここでは食品やクラフト品などのお土産品の外、祖谷そばを扱う食堂もあってゆっくり休憩できます。駐車場も広く取ってあるので、車・バスなどを置きやすくなっています。

かずら橋は観光スポットということもあって、比較的交通の便も良いです。落合まで入ってしまうとバスの便数も限られますが、「かずら橋-大歩危」間であれば、最終便は早いものの毎日1、2時間ごとにバスが出ています。
路線別 バスの時刻表

大歩危まで行けば、あとは土讃線もあるので阿波池田まで戻るのに不安はありません。祖谷自体、宿泊施設がいくつもあるので、秘境の夜を楽しめます。
土讃線 時刻表
宿泊情報

今回の旅(!?)では、かずら橋でバスに乗って大歩危を目指しましたが、違う路線を走るバスに乗り間違えて、ウトウトしている間に阿波池田まで戻ってきてしまいました。

バスの乗車客は筆者一人・・・

運転手さんに「引き返してくれ!」と言いそうになりましたが、もうどうにもならないところまで戻ってきてしまっており、運転手さんからも「このまま阿波池田まで行って、列車で大歩危まで行った方が早いよ。」と言われ、バスでの大歩危行きはあきらめることに。

阿波池田駅でバスを降り、一度宿泊先に荷物をおいてから列車に乗車。「小歩危」駅で降りて、大歩危方面に歩きました。

「小歩危」駅近くの赤川橋
※ 「小歩危」駅近くにある赤川橋。

「小歩危」駅近くの赤川橋から見た小歩危
※ 赤川橋から見た小歩危の景観。

大歩危峡
※ 陽も傾いた頃の大歩危の様子。

大歩危・小歩危の名称の由来は、「大股で歩いても、小股で歩いても危険」と一般には言われていますが、実際には「歩危(ほけ・ぼけ)」という言葉が崖・渓谷等を表していることからきているとのこと。また、水が緑がかった色に見えるのは、このあたりで採れる青石によるものだとか。

奥祖谷から流れる祖谷川に沿った今回の「行ってきました」。

吉野川にもそそぐ、清らかで豊かな祖谷川の流れ。その音を聞きながら当地を後にし、翌日の「四国酒まつり」の開催時刻までに絶好(!)の体調となるよう調整すべく、「阿波池田」駅近くのお宿でゆっくりお風呂につかりました。

普段は右利きの筆者が公衆の面前で左利きになる日・・・
阿波池田 『四国酒まつり』 レポート